Nothing Compares 2 U

プリンスが亡くなりました。

2016年4月21日 57歳という若さでした。プリンス
朝、寝ぼけた頭に「歌手のプリンスさんが、心肺停止の状態で発見されました」とのキャスターのナレーション。
「えっ! 嘘だろ!」と思わず声に出し、目が覚めて、新聞見ながら 横にしていた体をはね起こし、テレビの前ににじり寄りました。
まず「誤報ではないのか!」と思い、テレビの報道や映像をとにかく理解しようとしました。
どうやら事実らしい。その後「何故?死因は?」ですが、後々わかったことによると、インフルエンザによる体調不良が原因という程度です。(4月28日現在)

あげたらきりがないくらい、好きな歌があります。
最初に聞いたのが「When Doves Cry」であとは遡り、そして以降、はまりの程度こそあれほぼすべての曲を聴いていると思います。亡くなる前も 「3RDEYEGIRL」という、プリンスがプロデュースした女性バンド(本人も参加)をよく聴いていました。

ミクスチャーというカテゴリーじゃなく、あえて言うならノージャンルなのか。
「カテゴリーに分類されるのをプリンス自身、まったく興味なかったのでは 」と映画評論家の町山智浩さんも言ってました。そのほか、プリンスというアーティスト名を、男と女が混じったようなシンボルマークにしたり、既定の楽曲の販売路線を破壊どころか、新聞や雑誌に付録”として新譜を付けたり、、まさに概念や単純な良識に、簡単に寄り添わない本物の「アーティスト」でした。

プリンスが作詞・作曲し、シンニードオコナーがカバーし大ヒットした「 Nothing Compares 2 U」という曲があります。シンニード.jpg
「あなたと比較になるものなど、何もない」という意味でしょうか。

シンニード・オコナーがとにかく凄い。


紫をシンボルカラーとしたプリンス。
青でも、赤でもない、男でも女でもない。比較や差別のない世界を夢見ていたのでしょう。

25年以上前ですが横浜にプリンスが経営していたディスコに行ったことがあります。
「Glam Slam Yokohama」という名前でした。唯々、黒人が多く、死ぬほど怖かった思い出しかありません。

作詞作曲のストックが、従来のアルバム発表のペースでも10年分はあるといわれています。
待つしかないですが、プリンス、はもう時の歩みを止めました。
それが存在していないという事なんでしょう。
懐かしむことしかできません。

新宿ゴールデン街って、火事の被害が少なくてよかった。
多様化する社会を拒まず、まずは受けいる人間でありたいです。(それが簡単ではない、、、)